『はちどり』感想・解説 キム・ボラ監督の長編デビュー作は少女の成長を見事に描いた傑作だった!【ネタバレあり】

映画レビュー
(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

今回取り上げるのはキム・ボラ監督の長編デビュー作『はちどり』

本作は2018年の釜山国際映画祭での初上映を皮切りに、ベルリン国際映画祭をはじめ国内外の映画祭で50を超える賞を受賞しており、韓国最大の映画賞、青龍映画賞においては、あの『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督/2019年)を抑えて最優秀脚本賞に輝いたことでも知られています。

その結果、観客動員数1万人がヒットの基準と言われる韓国のインディペンデント映画市場において15万人に迫る異例の大ヒット。

僕も公開初週に渋谷のユーロスペースで観ようと思ったのですが、映画ファンからの注目度が高く、全ての時間帯で売り切れが続出でした。

ユーロスペースはミニシアターなので座席数こそ少ないですが、それでも新型コロナウイルスが収束していない時期での満席は本作への期待の高さが窺えます。

 

そんなこんなで公開2週目のユーロスペースでようやく鑑賞。
果たしてキム・ボラ監督の長編デビュー作は前評判通りの出来なのか……。

それではいってみましょー♪

 

映画『はちどり』公式HPはこちら

 

あらすじ

1994 年、ソウル。家族と集合団地で暮らす14歳のウニは、学校に馴染めず、 別の学校に通う親友と遊んだり、男子学生や後輩女子とデートをしたりして過ごしていた。 両親は小さな店を必死に切り盛りし、 子供達の心の動きと向き合う余裕がない。ウニは、自分に無関心な大人に囲まれ、孤独な思いを抱えていた。

ある日、通っていた漢文塾に女性教師のヨンジがやってくる。ウニは、 自分の話に耳を傾けてくれるヨンジに次第に心を開いていく。ヨンジは、 ウニにとって初めて自分の人生を気にかけてくれる大人だった。 ある朝、ソンス大橋崩落の知らせが入る。それは、いつも姉が乗るバスが橋を通過する時間帯だった。 ほどなくして、ウニのもとにヨンジから一通の手紙と小包が届く。

                                   『はちどり』公式サイトより引用

 

スタッフ

監督・脚本 キム・ボラ
製作 キム・ボラ チョ・スア
音楽 マティア・スタニーシャ
撮影 カン・グクヒョン
編集 チョ・スア
製作会社 エピファニーフィルム メスオーナメント
配給 アット9フィルム(韓) アニモプロデュース

 

キャスト

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ウニパク・ジフ
ヨンジキム・セビョク    
ウニの父チョン・インギ
ウニの母イ・スンヨン
スヒ(ウニの姉)パク・スヨン
デフン(ウニの兄)ソン・サンヨン
ジスク(ウニの親友)パク・ソユン
ジワン(ウニのボーイフレンド)チョン・ユンソ
ユリ(ウニの後輩)ソル・ヘイン

感想(ネタバレあり)

 

【総評】
思春期の心の機微を優しく、そして丁寧に描いた青春映画の傑作。

両親、兄弟、親友、ボーイフレンド、塾の先生……時には“人の死”さえも断片的かつ唐突に描いたのは、中学2年生という軸足の定まっていないアンバランスな時期を過ごした少女・ウニの心情に徹底的にフォーカスした結果だろう。

脚本だけでなく、演技や構図、自然光を取り入れた演出も見事。
映画ファンなら絶対に劇場で観るべき一本。

 

本作が描こうとしたテーマは何か……?


ここから先はあらすじに沿ってネタバレをしていきます。
まだ本作を観ていない方は注意して下さい。

 

物語の舞台は1994年の韓国・ソウル。

中学2年生の主人公・ウニは、餅屋を営む両親と、高校生の姉・スヒ、中学生で受験を控えている兄・デフンと団地で暮らしています。

僕には90年代の韓国に関する知識があまりないのですが、それでも超学歴主義絶対的な上下関係は現在の韓国にも通じており、ウニの通う中学校もまた『カラオケに行くことすら不良』とされてしまうようなところでした。

そして、勉強がそこまで得意ではないウニは、クラスメイトとも馴染めず、目立った行動と言えば、お世辞にも上手いとは言えない絵を描くことぐらい。

 

もうほとんど空気と化し、完全に無気力な学生生活を送っています。

 

しかも、ウニの家では、受験に失敗した姉のスヒが彼氏と遊び呆けて父親から毎晩のように叱責されていたり、ソウル大学への進学を目指す兄のデフンが父親から過度な期待(プレッシャー)を掛けられていたりで穏やかに過ごせる時がありません。

あまりに父親の威厳が絶大過ぎて、母親も子どもたちも意見を言うことが許されないんですが、その根底にあるのは韓国特有の家父長制だけではなく、父の学歴コンプレックスからくるものであることが台詞の端々から伝わってきます。

 

ただ、じゃあウニが俗に言う【陰キャ】かと言われれば、そういう訳でもありません。

学校の外にはちゃんとボーイフレンドもいるし、同じく別の学校に通う親友のジスクとは漢文塾に通ったり、カラオケやクラブに出入りしたりと、少数ながらもちゃんと人との関係は築いています。

 

つまり、ウニからすれば、大人たち(両親・担任教師・塾の先生)は「将来の為に勉強しろ」とは言うものの、本当は自分になんか期待してないし、関心すら向けられていないと感じており、そこから湧き上がる孤独や焦燥感を、親友やボーイフレンドで埋めている状態なわけです。

 

ちなみに主人公を中学生ぐらいの年齢に設定している映画は、大抵の場合、心身共に不安定な時期の焦燥感や心の痛みを描き、最後は成長の片鱗を見せるというパターンが多いのですが、本作でも冒頭で(自宅と間違えた)部屋のチャイムを連打するウニを見せることによって、ちゃんと彼女の『幼さや不安定さ』を提示してから物語を始めています。

 

また、実際に主人公の年齢を14歳に設定した理由を聞かれた監督は、インタビューでこのように話しています。

 

もっとも無視されやすく、語られない年頃の話をしたかったからです。
~(中略)~
私たちの社会には10代の女子中学生の話をまともに取り合わない文化がある。韓国には“女子中学生感性”、“少女感性”といった、女子中学生や少女たちの感情を軽くて取るに足らないものとして扱い、卑下するような意味で使う単語もあります。だからこそ、女子中学生の話を真剣に描きたかった。

                                 映画『はちどり』パンフレット』より

 

キム・ボラ監督は1981年生まれの37歳。

1994年は本作の主人公・ウニと同じ年齢なので、もしかしたら劇中で描かれるウニの孤独は監督自身がかつて経験したことで、映画を通してウニ(自身)に救いの手を差し伸べようとしたのかもしれません。

 

 

そして、そんな救い手としてウニの前にひとりの女性が現れます。

 

ある日、ウニが漢文塾に行くと、これまで教えてくれていた男性教師がクビになっており、入れ替わりでヨンジ先生がやってきます。

ヨンジ先生は、兄が目標にしているソウル大学に入ったものの休学をしているらしく、これまで出合ってきた大人とは明らかに違った雰囲気を持つ女性でした。

 

そして、ヨンジ先生から問われた

「たくさんの顔見知りの中で、心が分かるのはどれくらい?」

という言葉が、今まで内(自分)ばかりに向いていたウニの視点を少しずつ外(他者/世界)に向けさせていきます。

 

これがポスターにある『この世界が、気になった』というキャッチコピーにも通じており、このウニの成長こそが本作の描こうとしているテーマとなります。

 

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それから、ユニにとってヨンジ先生は『自分と対等に接してくれる唯一の大人』というポジションに変わっていき、ボーイフレンドや親友、後輩が彼女のもとから離れていった後は、その存在価値が更に上がっていくことになります。

 

ちなみに、キム・ボラ監督はパンフレットのインタビューでウニとヨンジの関係についてこんなことを言っていました。

 

「実際、あの年齢の子どもに丁寧にお茶を淹れてくれるということはあまりないですよね。チョコレートなんかをあげることはあっても。心を込めてきちんとウーロン茶を淹れるのは、大人と大人のコミュニケーションの方法です」

                                  映画『はちどり』パンフレットより

 

劇中では語られていませんでしたが、ヨンジ先生もまた過去に傷を負った経験があり(家父長制の犠牲者か…?)、痛みが分かるからこそウニに対しても同志のように優しく接してくれたのだと思います。

 

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通過儀礼と社会への問題提起

 

そうこうしているうちに、ウニは右耳の後ろにできた『しこり』を切除するための手術を受けることになり、見舞いに訪れたヨンジ先生から人生を左右する言葉を掛けられます。

 

「誰かに殴られたら立ち向かって。黙っていたらダメ」

 

ヨンジ先生はウニが兄から暴力を受けていることを知っているので、これはそのことに対する台詞なのですが、同時に、監督からの日頃から男性優位の社会で窮屈な思いをしている世の女性たちへのメッセージと取ることも出来ます。

実際に監督自身もヨンジ先生の口を通して、『自分が悩んでいることや世の中を観る観点、世の中に向けて言いたいことを言わせている』と言及していますし、『自分が撮りたいのは女性の声を扱った女性を主人公にした映画だ』ともハッキリ言っているので、フェミニストとしての考えを作品に反映させていることは間違いありません。

 

そして、本作ではこの 【手術】と【ヨンジ先生の言葉】というのがターニングポイントのような描かれ方をしていて、before/afterでウニの考え方や行動にも変化が現れるようになります。

例えば、終盤で自分の部屋で感情剥き出しに暴れたり、塾の先生に食って掛かったりするのは物語序盤ではなかった行動でした。

つまり、感情をあまり表に出さなかったウニは手術をキッカケに、これまで自分を抑圧していた存在に対して抗うようになったわけです。

 

そして、10月21日の朝。
韓国の経済発展の象徴でもあったソンス大橋が崩落します。

ソンス大橋の崩落事故は、経済発展を急いだ結果の手抜き工事が原因とされており、32人が死亡、17人が重軽傷を負ったのですが、この惨事を物語に組み込むことで、監督は『ウニの成長』『国家の成長』を並べて描こうと考えました。

成長の過程には痛みが付きまとうということですね。

そして、その後、ヨンジ先生がこの崩落事故で亡くなったことが分かるわけですが、これもまたウニが成長し、大人になっていく上での通過儀礼のようなものだと思います。

大切な人の死を受け入れ、失意のどん底から立ち上がる。
その先にあなたの人生が開けていくのよ、という監督からのメッセージなんじゃないでしょうか。

ウニが呆然と崩落したソンス大橋を見つめるシーンは、韓国映画史に残るほど素晴らしい場面だったと思います。

まとめ

本作は題名の通り世界で一番小さな鳥「ハチドリ」が必死に羽を羽ばたかせて空へと飛んでいくように、14歳の少女がもがきながら成長していく物語で、主人公・ウニの人格形成がとても丁寧かつ繊細に描かれ、青春映画としては申し分のない完成度だったと思います。

また、監督のキム・ボラは本作でキャラクターを多面的に描いているのですが(父や兄が涙を見せたりするなど100%悪い人間としては語られない)、そういった描写を省くことなく積み重ねたことがこの映画のクオリティを一段も二段も上げているように思えました。

2時間18分という長尺ですし、ゆっくりと話が進むので、年に数えるほどしか映画を観ない人は少し退屈に感じるかもしれないですが、映画ファンであれば観て損はないので是非、劇場に足を運んでみてください。

超オススメです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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