映画『劇場』から考える新作の劇場公開と配信について

コラム

 

映画『劇場』(行定勲監督)が7月17日に公開されました。

この作品を語る上で避けて通れないのが、新型コロナウイルスの影響で公開が3ヵ月延期となり、当初280館を予定していた上映館が20館に減ってしまったこと、そして、劇場公開と同じ日にAmazonプライムビデオで全世界同時公開(配信)したことが挙げられます。

改めて説明するまでもありませんが、Amazonプライムビデオとは月額500円で動画が見放題のサブスクリプション・サービスで、正確な加入者数こそ公表されていないものの、一部では全世界1億5000万人以上、日本だけでも500万~600万人の加入者がいると言われています。

つまり、それらの人が『劇場公開と同じ日から、追加料金なしで、好きな場所、好きなデバイス、好きな時間この作品を観れることになり、鑑賞する人の数が飛躍的に伸びることが期待されています。

また、このコロナ禍において「作品は観たいけど、まだ映画館に行くのは怖い」と考えている人からすれば大変ありがたいサービスであるとも言えるでしょう。

 

しかし、新作映画を公開と同時に配信するということはメリットばかりではなく、多くのデメリットも含んでいます。

そこで、今回は新作映画を定額制動画配信サービスで同日公開することの是非について考えてみたいと思います。

 

新作映画を配信するデメリットは何か?

 

新作映画を公開日と同時に配信する1番のデメリットは、映画館での体験をそこまで重要視していない観客が、かなりの確率で無料(追加料金のかからない)の配信を選んでしまうという点です。

普段あまり映画館に足を運ばない人たちの中には「映画館だろうが配信だろうが観れればいい」と考える人が一定数いるので、たとえ映画『劇場』に興味があっても配信で観れるならわざわざ高い鑑賞料金を払ってまで映画館には行きませんし、よほど気に入らない限りは「面白かったから映画館に行ってもう1回観よう」とはなりません。

それはつまり、本来であればお金を払ってくれるはずだった人たちから料金を回収出来ないことを意味し、必然的に興行による収入が減ることになります。

 

恐らく、映画『劇場』を作った人・出資した人たちは、今回の独占配信によって資金をクリープ(回収)する目途がついているんだと思いますが(それでもマイナスかもしれませんが……)、映画館はお客さんが入らなければ収益になりません。

加えて『映画館=新作映画を観る場所』と考えていた人からすれば、新作映画が自宅でも観ることが出来たら映画館そのものの存在価値が下がることも危惧されます。

業界内からは「配信を優先する作品が増えれば、映画界は自滅の道を行くしかない」との声も出始めていますが、他の映画が今回の『劇場』の手法に追随してしまえば、映画文化を守ってきた映画館やセル・レンタルDVDが次第に淘汰され、やがては映画産業そのものの縮小に繋がってしまうことは明白です。

実際に、音楽業界はデジタル配信やApple Music、Spotifyなどのサブスクリプション・サービスの台頭によってCDが売れなくなり、街のCDショップが潰れていくという現象が起きましたが、映画も同じ運命を辿る可能性があるわけです。

 

 

また、日本映画製作者連盟は、最初に映画館で公開された作品を“映画”と規定しているので、本作『劇場』は日本映画の定義から外れた“非映画コンテンツ”として扱われる可能性が高く、もしかしたらどれだけ作品の出来がよくても年末年始の各映画賞にノミネートすらされないかもしれません。

これは次第に規定が変わっていくとは思いますが、かつてテレビ放映やビデオ・DVDの普及によってテレビサイズの画角を意識して映画を撮る監督が出て来たことを考えると、新作映画の配信が作り手たちの意識を変化させたり、映画製作の環境が変わることも今後は出てくることが予想されます。

 

配信の台頭で映画はどう変わるのか

 

数年前まで動画配信サービスはレンタルDVDと似たような位置づけにいました。

映画はまず初めに劇場で公開され、数か月後にレンタル・セルDVDのリリース。それと同じくらいのタイミングで配信のラインナップに入る……こうすることで収益化のポイントを幾つか作り、資金の回収や利益に繋げてきました

しかし、登録会員が増えるにつれて各動画配信サービスはそれぞれオリジナルコンテンツを作り出し、「うちでしか観れない」ことを売り文句に更なる集客を図るようになります。

そして、その豊富な資金力から有名監督や役者、スタッフを集めることが可能となり、『ROMA/ローマ』『マリッジ・ストーリー』『アイリッシュマン』(全てNetflixで配信)などの作品は、アカデミー賞をはじめとする各映画賞にノミネート・受賞するまでになりました(但し、ノミネート条件をクリアするために限定的だが劇場公開はされている)。

 

 

一方、日本国内でも(まだまだ配信ドラマやバラエティの方が多いですが)動画配信サービスによるオリジナルコンテンツは年々増えてきており、今回のコロナ禍ではこれまでになかった取り組みも見られるようになりました。

例えば、3月6日から公開していた若松節朗監督『Fukushima50』は、緊急事態宣言によって映画館での興行がたち行かなくなり、本来であればまだ劇場公開をしているはずだった4月17日から配信をスタートさせましたし、6月5日に公開予定だったアニメ『泣きたい私は猫をかぶる』佐藤順一監督)は劇場公開を諦めて6月18日よりNetflixでの配信を始めています。

他にも、5月2日に公開した想田和弘監督のドキュメンタリー作品『精神0』は、インターネット上に仮設の映画館を設立し、配信で得た収益を映画館にも分配するという手法を取って話題になりました。

 

 

また、ディズニーの『スパイ in デンジャー』はアメリカでは2019年に公開されたものの、日本ではコロナの影響で公開そのものが中止となり、ディズニーの定額制動画配信サービス『Disney+』での配信が行われたりもしています。

これらのことからも分かるように、ここ数年の間で映画の作り手たちの中にも『配信』が選択肢の一つになっており、今後は配信動画サービスのオリジナルコンテンツはもちろん、新作映画の同日配信も増えていく気がしています。

 

まとめ

 

いま、映画界を悩ませているのは、新型コロナウイルスによって映画館に集客をするのが難しくなっている問題広告費の問題です。

劇場での映画鑑賞がライフワークになっている人からすれば、『映画館でどんな作品が公開されているか』『どんな作品が公開を控えているか』なんて当たり前のように把握してますし、観たい作品があればかなりの確率で映画館に足を運びます。

しかし、いわゆる“年に数回しか劇場に足を運ばない”ライト層(ここの集客がヒットの鍵になる)にアプローチするためには『広告/宣伝』が必要不可欠となり、そのためには公開規模に応じた広告費が必要となってきます。

今回取り上げた映画『劇場』は、本来であれば4月に公開するつもりで広告を展開してきたのですが、公開直前に延期が決定してしまったので、3カ月後に改めてお金をかけて大々的なプロモーションをしても資金をリクープすることは難しいと出資会社に判断されてしまい、公開規模の縮小とAmazonプライムビデオでの同日配信が決定しました。

 

映画製作は慈善事業ではなくビジネスです。

映画が世に出て製作費を回収しなければ、その作品に携わる人々の生活を守れませんし、次の作品を作ることが出来なくなります。

だから、今のコロナ禍の状況を考えると映画『劇場』の製作陣が同時配信に踏み切ったことは誰にも責めることが出来ません。

しかし、製作者側の資金回収ばかりに目を向けて安易に配信に舵を切ってしまうと、今度は映画館やDVD業界が衰退し、結果として映画産業の規模縮小に繋がってしまうのも事実なので、如何にバランスを取っていくかが今後の課題となっていきます。

 

そして、そのために一番重要なのは、コロナ禍が過ぎ去ったら劇場公開を前提に作られた新作映画は公開日と同時に配信しないことです。

 

映画館が過去の産物にならないために、一日も早い新型コロナウイルスの終息を願いつつ、劇場公開と配信についてはこれからも注視していきたいと思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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