今回取り上げるのは城定秀夫監督の『アルプススタンドのはしの方』。
本作は兵庫県立東播磨高等学校が2017年の第63回全国高等学校演劇大会で最優秀賞を受賞した作品で、のちに第1回・浅草九劇賞で浅草ニューフェイス賞を受賞するなど、公開前からコアな演劇ファンからは知られていた作品です。
僕も最初は完全にノーマークだったのですが、愛聴しているTBSラジオの『アフター6ジャンクション』で本作が取り上げられたことで興味を持ち、公開2日目に渋谷シネクイントで観てきました。
撮影期間は僅か5日、上映時間は75分、監督はピンク映画の鬼才・城定秀夫。
なかなか取っ付きづらい作品ですが、果たしてどんな内容なのか……。
それではいってみましょー♪
映画『アルプススタンドのはしの方』の公式HPはこちら
あらすじ
高校野球・夏の甲子園大会1回戦。
夢の舞台でスポットライトを浴びている選手たちを観客席の端っこで見つめる冴えない4人。夢破れた演劇部員・安田と田宮、遅れてやってきた元野球部・藤野、帰宅部の成績優秀女子・宮下。安田と田宮はお互い妙に気を使っており、宮下はテストで吹奏楽部部長・久住に学年1位を明け渡してしまったばかりだ。藤野は野球に未練があるのかふてくされながらもグラウンドの戦況を見守る。
「しょうがない」と最初から諦めていた4人だったが、それぞれの想いが交差し、先の読めない試合展開と共にいつしか熱を帯びていき……。
映画『アルプススタンドのはしの方』パンフレットより
スタッフ
監督 | 城定秀夫 |
脚本 | 奥村徹也 |
プロデューサー | 久保和明 |
企画 | 直井卓俊 |
原作 | 籔博晶 兵庫県立東播磨高等学校演劇部 |
演奏協力 | シエロウインドシンフォニー(吹奏楽部) |
録音 | 飴田秀彦 |
撮影 | 村橋佳伸 |
編集 | 城定秀夫 |
配給 | SPOTTED PRODUCTIONS |
キャスト
安田あすは(演劇部) | 小野莉奈 |
藤野富士夫(元野球部) | 平井亜門 |
田宮ひかる(演劇部) | 西本まりん |
宮下恵(帰宅部) | 中村守里 |
久住智香(吹奏楽部/部長) | 黒木ひかり |
進藤サチ(吹奏楽部) | 平井珠生 |
理崎リン(吹奏楽部) | 山川琉華 |
厚木修平(英語教師) | 目次立樹 |
感想(ネタバレあり)
【総評】
高校演劇を映像化しただけあって、グラウンドは一度も映らず全てスタンド席における会話で展開する。なのに何故こんなに熱いんだ……。
「しょうがない」とそれぞれの道を諦めていた4人が野球の試合展開とともに奮起し、成長していく過程で劇場からはすすり泣く声も!!
『桐島、部活やめるってよ』や『のぼる小寺さん』好きは絶対に観た方がいい!
青春映画の傑作中の傑作!!!
内容に入る前に、まずは本作の特徴から書いていきます。
①全国高等学校演劇大会で最優秀賞を獲った戯曲が原作
②ピンク映画・Vシネマを100本以上撮って来た城定秀夫が監督
③撮影期間は5日間(吹奏楽部のシーンだけ別日に撮影)
④上映時間が75分
⑤役者の知名度はほとんどない
⑥野球の話なのにグラウンドはおろかスコアボードすら一度も映らない
いかがでしょう(笑)
普通に考えたら敬遠しがちな映画ですよね。
これ、本当に面白いのかよ、と。
いくら高校演劇で賞を獲っているとは言っても、撮っているのはピンク映画やVシネの監督だし(でも有名な方です!)、役者も無名な人がほとんどな訳で、ジブリ作品や『今日から俺は!!劇場版』、『コンフィデンスマンJP プリンセス編』が公開されている中、この作品をわざわざ劇場で観ようと考える人は、結構な映画通か野球系の作品に目が無い人だけなんじゃないでしょうか。
が、しかし!!!
ブログのタイトルや総評にも書きましたが、この作品は間違いなく日本の青春映画史に残る傑作であり(多くの批評で引用されるという意味)、いま最も映画館で観るべき1本であると言っても過言ではありません。
なので、1人でも多くの方がこの作品と出会えるよう、応援団長の一人として全力でオススメレビューを書いていきたいと思います。
戯曲の良さをフル活用した脚本について
舞台は夏の甲子園の1回戦。
演劇部員の安田あすはと田宮ひかるは、人のいないアルプススタンドの端で自分たちが通う東入間高校の試合を観ています。
ご存じない方のために言っておくと、アルプススタンドとは、内野スタンドと外野スタンドの間に位置している観客席のことで阪神甲子園球場にしかありません。
高校野球で各校の生徒たちや学校関係者が陣取って熱のこもった応援合戦を繰り広げている“あの場所”ですね。
しかし、学校側から強制的に応援に来させられたあすはとひかるは、
「え? なんで今ので点入ったの? 取ったらアウトでしょ?」
「落としてたのかな、実は」
「私も同じこと思った」
みたいな感じで野球の基本的なルールすら知らず、(特に、あすはは)早く試合が終わってくれないかなーと切に願っています。
すると、あすはとひかるの近くに元野球部の藤野富士雄が遅れてやって来て、他愛も無い会話をしながら3人で試合を見守ることに。
更に3人の後方で席に座らず戦況を見つめる宮下恵、生徒に応援を強要してくる茶道部顧問の厚木修平、吹奏楽部を率いる部長の久住智香がテンポよく登場し、本作のメインキャストが揃います。
と、ここまで来たあたりで観客は「あっ、この映画は野球をしてる姿を映さないんだな」と気付くのですが、それ以降もグラウンドはおろか、球場の外も、試合状況を示すスコアボートも、応援する大人たちも一切画面に出てきません。
映し出される場所は、9割がアルプススタンドで1割がコンコース。
小道具もペットボトルの飲み物ぐらいで、とにかく会話のみで物語が展開します。
これは、原作が舞台の戯曲であることと、製作費の問題が主な理由だと思うのですが、それでも映像化するにあたってこの選択をするのは相当な勇気が必要だったと思いますし、一歩間違えれば目も当てられない大参事になっていたはずです。
しかし、監督や脚本家が原作の力を信じ抜いたからこそ、演劇の強みである『観客に想像させる』ことが映画にも応用され、普段の映画体験では得られないエモさを感じ取れる作りになっていました。
唯一、映画ならではの演出だと感じたのは、アルプススタンドの最上段にいるあすはと藤野を背後から撮ったショットですかね。ここは、グラウンドを映せないという制約がある中、青空と相まってとても印象的でした。
演劇版と映画版の違いについては、本作のパンフレットに原作となった戯曲が掲載されているので、比較しながら読んでみるのも面白いと思います。
青春映画ならではの葛藤について
この映画はほぼ1シチュエーションの会話劇ではありますが、単に高校生たちがワチャワチャと喋ってるだけのコメディ作品ではありません。
かなり正統派な青春映画です。
青春映画というと、主人公(たち)の葛藤と成長が必要不可欠ですが、本作においても登場人物全員にそれぞれ悩みや諦めてきたことがあります。
例えば、主要メンバー4人のキャラクターはこんな感じです。
①安田あすは(演劇部)
一生懸命頑張ってきた関東大会の目前で主役を務めるはずの部員がインフルエンザに罹ってしまい出場できなかった。顧問から「しょうがない」と肩を叩かれたことで納得しようとはしているものの、未だに歯がゆさをもったまま過ごしている。
②田宮ひかる(演劇部)
関東大会目前でインフルエンザになってしまった張本人。それ以降、あすはに対して過度に気を遣うようになっている。
③藤野富士夫(元野球部)
元々ピッチャーをやっていたが、野球部にエースの園田がいる限り自分がレギュラーになれることはないと考え、退部している。試合には出れないのに練習を続けている矢野をバカにしていて、「自分の方が合理的だ」と思っている。
④宮下恵(帰宅部)
成績優秀だが人付き合いが苦手で、アルプススタンドのはしの方ですら居場所がないタイプ。最近、ずっと守り続けてきた成績学年一位の座を吹奏楽部部長の久住智香に明け渡してしまった。野球部のエース・園田に想いを寄せている。
また、成績優秀で容姿端麗な久住智香も、付き合っている野球部のエース・園田から「野球に専念したい」という理由を告げられ距離を置かれていたり、スクールカーストの上位に居続けるために必死で努力しているキャラクターです。
厚木先生も仕方なく茶道部の顧問をやっている感じでしたね。
つまり、この作品に出てくる全員が何かに悩み、諦め、「しょうがない」と諦めている人たちなわけですが、彼らが野球部の試合を観ているうちに少しずつ自分の価値観が変わり、新たな一歩を踏み出すまでがこの作品の大きなテーマとなっています。
観えない試合に感涙するクライマックス!
物語の前半は、他愛も無い会話や暑苦しい厚木先生で笑いを取りつつ、大会の辞退を引きずるあすは、気を遣いまくるひかる、野球部に対して斜に構えている藤野、勉強だけでなく恋愛も久住智香に負けたことを落ち込む恵の「しょうがない」を丁寧に描きながら進んでいきます。
ちなみにこの作品は試合の途中(5回)からスタートしているのですが、高校野球の試合時間の平均は2時間~2時間半らしいので、1イニングは13~17分ぐらい。
つまり、75分という上映時間を考えると、ちゃんと物語の裏で試合がリアルタイムに進行していることが分かります。
物語は進んで、試合は8回裏。
点差は4-0で東入間高校の攻撃です。
本来であれば、応援に熱が入る場面ですが、あすはは「相手の学校は格上だから負けてもしょうがない」と冷めた目で試合を観ていて、茶道部顧問の厚木にどれだけ声を出せと言われても行動に移しません。
何故なら、あすは自身も大会を辞退することが決まった際に「しょうがない」の一言で片付けられてしまった経験があるから。
「頑張ったって、どうせ報われないんだよ」と不貞腐れているわけです。
しかし、ここで思わぬ展開が訪れます。
ずっとベンチを温め続けてきた補欠の矢野が登場し、送りバントを決めたのです。
藤野が散々バカにしていた矢野が大一番で起用され、大仕事をやってのける。
その姿を観てあすはたちは戸惑いを隠せません。
更に、後ろのバッターが続き、4-2。
そして、出番がなくとも腐らず愚直に野球を続けてきた矢野の活躍を目の当たりにしたひかるは、その姿に感化され、勇気を振り絞ってあすはに「もう一度大会に出てみない?」と語り掛けます。
ここから先は実際に観て『体感』して欲しいのですが、9回の裏に東入間高校が怒涛の追い上げを見せ、あすは、ひかる、藤野、恵の心境がどんどん変化していきます。
何故なら、強豪校が相手だろうが必死に食らいつき、最後まで諦めず必死になって戦い続ける野球部員たちが目の前にいるからです。
そして、あすはたちはどんどん試合に引き込まれていき、精一杯の声を張り上げ「頑張れ!」「いけー!!」と野球部員たちにエールを送り始めます。
応援したってグランドに届くかは分からない。
届いたところで結果が変わるかは分からない。
それでも、彼女たちは声を出し、応援することを止めません。
最後まで諦めて欲しくないのです。
それは、これまで青春のメインストリームを歩めず、「しょうがない」と気持ちに蓋をしてきた彼女たちが殻を破った瞬間であり、人間としての大きな成長を意味します。
繰り返しになりますが、画面には野球のシーンは一切映し出されません。
映し出されるのはアルプススタンドのみで、試合の状況は歓声と金属バットの音、そして彼女たちのリアクションのみでしか判断できない作りになっています。
それでも、映画を観ている観客も彼女たちと一緒になり、手に汗を握りながら野球部を応援してしまうところがこの映画の凄いところです。
そして、本作のクライマックスで一番アツい瞬間が訪れます。
9回の裏。一打サヨナラの場面。
2アウトで打席が回ってきたのは……そう、矢野です。
果たして弛まぬ努力を続けてきた矢野はチームを勝利に導けるのか……。
感動の結末は是非、劇場でご確認ください。
まとめ
いかがだったでしょうか。
確かに、球場が甲子園に見えなかったとか、4点ビハインドの8回に6番打者を代えて補欠にバントさせるか?とか気になる場面があるにはあるんですが、それでも試合の興奮と役者陣の熱演で全てが吹き飛ぶぐらいのインパクトがありました。
コロナ禍じゃなければ、『カメラを止めるな』に似たムーブメントが起きてもおかしくないぐらいの作品だと思います。
あと、役者で言ったら田宮ひかるを演じた西本まりんが素晴らしかったですね。
ひかるはどこか抜けているというか、いわゆる天然女子の設定なのですが、同時に「よし、取った」「あと1球」などと(実際に画面には映し出されない)試合を実況する役割も担っていて、非常に難しい役だったと思います。
この作品は業界関係者も多く観ていると思うので、主役の小野莉奈も含め、本作の主要キャストはこれからどんどん大きな仕事が決まっていくんじゃないでしょうか。
ご存じの通り、今年は新型コロナウイルスの影響で甲子園が戦後初の中止となってしまいました。
しかし、映画館ではいま、低予算ながらジブリやテレビ局製作の映画と戦っている高校野球映画『アルプススタンドのはしの方』が上映されています。
この映画は、現役の学生はもちろん、過去に「しょうがない」と何かを諦めてしまった大人たちもきっと感情移入が出来るはずです。
是非、劇場に行って応援してあげてください。
きっと、あなたにとって大切な一本になるはずです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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